音楽と数学と文様

透き通って硬質な、「仕組み」のある美しさ

「音楽」「数学」「文様」の間には深い関連性があると思っています。なのでそれらについて思うことを書いていく予定のブログ。
数学について、幾何学文様について、結晶構造について、アクセサリー作りその他いろいろものづくりについて、その他いろいろ、など。
とは言っても全然関係無さそうな好きな本のこととか日々のこととかもあれこれ書く予定です。自作アクセサリーの写真なんかもアップしてく予定です。
あと、大学は一応心理学系だったのでそういう話もいろいろ書きたいです。

編み物について「始めたけど完成させてない」「途中で挫折」の現象について考えてみた

寒いです。
編み物シーズン到来ですね。


さてそんな編み物シーズン、ツイッター等で「編み物キットを購入したり、材料を揃えたりして編み始めたけど、結局途中で止まってる」みたいな話をしばしば見かけました。


それを読んで「手芸系で途中で挫折しちゃうこと」について自分の経験を振り返っていろいろ考えてしまったので、ブログにまとめてみようかと思います。


私も、大学の頃とか編み物とかの作品を完成させられないことがありました。
でも、最近めっきりそういうことは無くなってます。
その違いは何だろう?と思って考えを巡らせて、下記のようなことが要因なのかなーと思いました。


1)そもそも自分の実力を超えた手をつけてしまった。
2)自分の中に切実な「作りたい」という思いやイメージが無いものを、なんとなく作り始めてしまった(わたし的にはこれがメチャ重要)


【そもそも自分の実力を超えたものに手をつけてしまった】

これはまあわかりやすいですね。今の自分の実力からあまりにもかけ離れた難易度のものに取り組んでも、なっかなかモチベーションが続かない。だって作業自体が遅々として進みませんからね。「ホントに完成する日が来るのかしら」みたいな気持ちになっちゃう。


それに、いきなり難しいものに挑戦してもなかなか綺麗に作れないし。自分が作ったものを見て「なんじゃこのヘタクソぶりは…」とモチベーションが下がってしまう。
特に編み物はねー、段階を追って理解&難易度を上げていかないと…。いきなり複雑な大作に挑むと挫折率upな気がする。
そりゃー複雑で美しいものを作りたくなっちゃうけど。その気持ちはわかるけど。
今の自分の実力に合うものを作らないとね。


そして次。


【自分の中に切実な「作りたい」という思いやイメージが無いものを、なんとなく作り始めてしまった】

これがわたし的には超重要な気がしています。
私が過去に完成できなかったものは主にこれが原因だった気がします。それは今になってわかることだけど。

 

大学時代、完成に至らなかったセーターがあった。それはやっぱり「私はこのセーターが完成したら着るかな。このセーターを切実に好きになるかな。本当に私の見た目と心に沿うセーターなのかな」という考慮が決定的に足りていなかった気がします。

 

作り始めたセーターは確かに「キャーかわいい!」と思えるものでした。色彩の感覚が独特で。デザインも斬新で。夢がたくさんあって。
だから魅力を感じて作り始めたのですが、結局途中で止まってしまってました。

 

今考えると、私は「そのセーターを着た自分」というものがイメージできてなかった気がします。「私はこのセーターが完成して身につけたらきっととても嬉しく幸せな気持ちだろうなー」という程の切実な「好き!着たい!」というものが自分の中になかった。「なんか可愛くて面白いなー」という感じの動機。

 

きっとだから完成できなかったのだと思います。


あの頃は意識できていませんでしたが、そういう「動機」「切実さ」は手作り作品を完成させる上ですごーく大切なものなのだと思います。
これは、今の「ものづくりの経験を重ねた私」だから言葉にできることなのだと思いますけど。


私は今はアクセサリーについては完全にオリジナル作品しか作りません。
結構手間がかかるものを作るので、完成までものすごい試行錯誤をして、自己嫌悪や徒労感に襲われる時も多々ありますが、そういう感情に負けて「完成できない」ということは無いです。

 

ただ、オリジナル作品を作っていて、完成に至らなかったものもありました。
それは「作品のテーマ・イメージ」が無いまま作りはじめてしまったもの。何となく「あの石とこの石を組み合わせると綺麗かなー」くらいの気持ちで作り始めてしまったもの。それは結局完成しませんでした。


私はオリジナルアクセサリーは「イメージ」や「テーマ」(あるいはその両方)が自分の中に生まれたものだけを作っています。

過去記事でいくつか自作アクセサリーを紹介していますが、いずれも作る前に既に「イメージ」「テーマ」が自分の中にあったものです。

 

music-mathematics-pattern.hatenablog.jp

 

 

music-mathematics-pattern.hatenablog.jp

 

 

music-mathematics-pattern.hatenablog.jp

 

「イメージ」は文字通り、アクセサリーの完成品のイメージです。「テーマ」は上記記事に書いたアクセサリーの名前とか、記事で説明している「アクセサリーで表現したいこと」とかです。

大抵の場合、両方同時に浮かぶのですが、とにかくそういう「イメージ」「テーマ」が自分の中にあるものを作ります。

そうすると、途中で挫折しない。
途中いろいろ困難があっても、すっごく時間がかかったとしても、最終的に完成に至る。

 

でも、何となく「あの石とこの石を組み合わせると綺麗かなー、とりあえず作ってみようかな」くらいの動機で作り始めたものは結局完成できず。

あまりにもうまく行かないので、その原因を考え直してみて「私の中に切実なイメージ・テーマがなかった」と気付いたのです。

 

「こういう状態で作り続ける意味は無い。私は戦略を間違えた。この作品はここでストップさせよう。こんな中途半端な状態で作ってしまったら使用している石達に失礼で申し訳ない」と考え、作るのをやめました。


オリジナルアクセサリーを作り始めてからは、完成に至らなかったのはそういう時だけです。
その経験を踏まえ「自分の中に切実なイメージ・テーマがなければ作ってはいけない」と痛感したのでした。


なので今は、本当に自分の中にイメージが浮かぶものしか作りません。
そうじゃないと、結局完成しないですしね。
そして、完成させられなかったら、それは材料たちに失礼なのです。

 

石も、イメージが浮かぶまで平気で何年でも寝かせておきます。
購入してから何年も経ってから、最適な完成イメージが思い浮かぶこともあるのです。


無理矢理辻褄を合わせて作ろうとしても、どうせ完成しない。
自分の中に「切実な動機」「明確なテーマ・イメージ」があるものだけを作る。
そういうことを自分に言い聞かせています。

そうすると、「作り始めたけど完成しない」という事態を避けられる、というのが私の実感です。


手仕事・ものづくりのハードルを無意味に上げたい訳ではないんですけど…。
そんなに簡単にパパーっとできるものでもないなあと思います。

 

そもそも、手仕事って現代ではもはや「贅沢」「娯楽」の領域です。
セーターなんて、既製品を買う方が材料費より安かったりします。作るのも時間かかるし。
そんな現代社会で「それでも作りたい!」って思ったら、自分にあったモチベーション管理が必要なのかなーと思います。

 


とにかく、今後も私の元に来てくれた材料たちに感謝しながら、挫折を極力避けて作り続けたいなあと思います。

 

 

 

ネクタイに見る「形の美の理論」-形の美と数学-

すみません、ものづくりに取り組んでおりまして、ブログ更新が減っております…。すみません…。
ものづくりに集中しちゃうとブログ更新が減ってしまうのでした。


今回は、ネクタイなど編みました。
すっかり秋な感じの気候になり、編み物シーズン到来!な感じなのですよね。


さて、今回のネクタイ編みで自分に課したチャレンジは以下のようなものです。
・大剣(できれば小剣も)を作る
・交差編みなどを入れてアクセントをつける
・小剣通しを作る(そしてそこにタグをつける)

過去にもネクタイを編んだことはあるのですが、上記をやっていなかったのですよねー。
フラットな編地で、先の方もまっすぐで、小剣通しもなかったのです。

 

なので今回はそういう課題を自分に課してあれこれ試行錯誤しているのですが、いやーこれが大変で…。
しょっちゅう頭ヘロヘロになりました。
(自分でデザイン・編み方から考えるとなるとものすごーく頭を使うのです。編み物というのは。そしてその時の頭の使い方が数学を考えるときの頭の使い方と似ている気がする…、っていうのが私の持論でこのブログのテーマでもある訳です)


編み途中の時はこんな感じでした。

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(コンビニに売ってたネクタイと並べています。今回は「本に載ってるネクタイの編み方」から作るのではなく、自分で設計して作ったので、市販のネクタイを参考にしたのでした。まあ交差編みの部分は編み図集を参考にしたりしてますが、全体の設計は自分でやりましたです。はい。)

 

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一応大剣っぽいものを作ってみた…、つもりです…。
もーこの部分考えるだけで頭ヘロヘロでした(この辺も編み図集を参考にしましたけれども)
最初に斜めにした編地をまっすぐに持っていくところのバランスとかがなかなか大変でした…。


そしてアクセント的に交差編みなど入れてみました。

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試行錯誤の品々はこんなの。 

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いつもこういう試行錯誤の切れ端をたくさん作るんですよー。
アクセサリー作りとかもこうなんですよー、いつもすごい大変なんですよー。
1つの作品を完成させるまでにすごい試行錯誤があるんですよー。
(なんか、とても簡単に作っているかのように思われることが割と多いのでここで苦労アピールです)


試行錯誤ではありましたが、一応大剣っぽくなってきたので、ここから更に編み進めて、一応完成しました。
(完成後すぐに彼氏さんの手に渡ったので完成品の写真がないんですが…、すみません)


今回大剣作成にトライしてみて感じたのは「この形はとっても収まりのいい、バランスの良い形なのねー」ということでした。
最初は、実際のネクタイの大剣をあまりあてにしないでとにかく三角形っぽく作ってみたのです。
(試行錯誤の切れ端写真の左下)

 

でもその形だと何とも収まりが悪い。
何て言うか、無駄に尖り過ぎ。落ち着きがない。バランスよくない。もっとバッサリ言うと、なんかバカっぽい。安っぽい。ちんちくりん、みたいな。

 

「これじゃあ駄目だ。もっとちゃんとこのネクタイの先の角度に近づけないと。勝手な角度じゃ駄目なんだ」と気が付きました。


そしてネクタイの先の三角をじーっと観察してみて…、
「あれ、この三角形ってたくさん見たことある気がする。なんかすごいポピュラーな、有名な三角形なのではないか。なんか三角定規にこういう三角形があったような…」と思いました。

 

そこで、三角定規登場。

ネクタイに当ててみると…、

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やっぱりこの角度だ。この三角形だ。


この三角形はいわゆる「直角二等辺三角形」ってやつですね。なんか昔習いましたよ。
角度が「90度・45度・45度」で、辺の比率が「1:1:√2」になる三角形。

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三角形の内角の和は180度。
そして、ピタゴラスの定理
そういうものとともになんかこの三角形のことを習った気がする…。

 

きっとこの三角形って驚くような美しい、安定したバランスの三角形なのでしょうね。
角度も、辺の長さの比率も美しい。

 

たぶん、世の中のネクタイの大剣・小剣って基本この直角二等辺三角形なのでしょうね。片っ端から調べたわけではないですけど。

 

ウィキペディア先生によると、直角二等辺三角形の定義は「直角二等辺三角形は、二等辺三角形の持つ特徴に加え、直角三角形の持つ特徴を併せ持つ図形である。3つの角のうち2つの角がそれぞれ45°である三角形と定義してもよい。」だそうです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B4%E8%A7%92%E4%BA%8C%E7%AD%89%E8%BE%BA%E4%B8%89%E8%A7%92%E5%BD%A2


なんか、小学生の頃この三角形を習って、なんかすごい感激したような記憶があります。
直角っていうのがそもそも綺麗だし、「二等辺」もバランスいいし、「90度・45度・45度」っていう並びもなんかいい。
そういうことに感激したのかなーと思います。

 

あの頃はその感激をうまく言語化したり、考察したりはできなかったけれど、今こんなブログを書く萌芽がもうそこにはある気がする…。


ピタゴラスの定理は中学校で習ったのだったかしら…。
そしてその時再び直角二等辺三角形が登場し、辺の長さの比が「1:1:√2」になる「素敵美し」な三角形だということを改めて認識したような…。

 

いろんな意味で「三角形という形の特徴」のようなものを目の当たりにしやすい形、なのかな。
この直角二等辺三角形というものは。

 


直角二等辺三角形は、つまり正方形を対角線で切ったものですよね。

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正方形の角と同じ形だから、なんとなく収まりが良い、という印象があるのかな。
「安定感がある」「バランスが良い」「落ち着く」みたいな印象。

 

ネクタイの大剣・小剣がこの形になるというのは、ネクタイの縫い方上それが合理的…、ということなのかな。
ネクタイを縫う時の裁断をよく知らないのですが(すみません、編んだことはありますが縫ったことないので)、布を何かいろいろ切って折って縫うわけですよね。
その「折る」ときにこの直角二等辺三角形が一番折りやすい、とか…。

 

んー、それとも違うかな。
ネクタイの起源とかをよく知らないのですが、ひょっとすると、元々は正方形の布を細く折って、それを首に結ぶものだったとか。
その時に大剣のところは当然正方形の角を利用することになる訳で、だから「正方形を対角線から切った形」である直角二等辺三角形になる。
で、その形が美しかったので、細長い布になってもその形を踏襲してるとか。

 

…どうだろう…。
すみません、ネクタイの起源とかちゃんと調べたことがないので推測です。いつか調べてみたいです。
(調べられるかな…)

 


そしてそして、この「1:√2」というのはいわゆる「白銀比」ですね。

白銀比ってご存知ですか?
あのA4とかB5とかのオフィスで使用される紙の縦横の比率がこの白銀比なんです。
もう大部分の人が日々この比率を見て、使用しているという…。
https://www.mdn.co.jp/di/articles/454/?page=3

 

「美しい比率」というと、黄金比が有名ですが、なんか日本では古来からの白銀比の方が多用されているらしいです。
http://president.jp/articles/-/21775


個人的にも、黄金比よりも何か白銀比の方が、収まりがいいと言うか落ち着くというか、そんな印象があります。
ま、A4とかB5とかに慣れきっているからなのかも知れませんが…。

 

ネクタイの大剣・小剣が直角二等辺三角形になっているのも、この「白銀比」的な収まりの良さが理由の1つだったりするのかなあ…、なんて考えてしまいます。


ちなみにこの白銀比には驚くべき?法則が…。
上記サイトにもありますが、この白銀比の長方形を半分に分けても、縦横比率が変わらないのです!
確かにそうですよね。A3用紙を半分にしたサイズがA4で、それを半分にしたサイズがA5で…、って続いて、それらは「大きさは異なるけれど形が変わらない」つまり縦横比が同じということ。
この驚くべき性質故に、白銀比はオフィス用紙で採用されているらしいです。
なんか、よく考えたらびっくりですよねー。不思議な数、√2!

 


ちなみに、「√2」という数字は私がはじめて「無理数」なるものを実感した数です。
その件についてはこの記事に。

 

music-mathematics-pattern.hatenablog.jp

 

 
…、えーとなんか、ネクタイを編みながら浮かんできた「数学っぽい話」をいろいろ書いてみましたが…。


とにかく「ネクタイという見慣れたものだって、よーく観察すると数学的な法則美に満ち溢れているのだ!」と思ったので、思いついたことを書いた次第です。
ネクタイの先に隠された白銀比よ…。驚くべき数「√2」よ…。(ウットリ)


こんなことをつらつらと考えてしまう人間なので「音楽と数学と文様」というテーマでブログ書いてる訳です。


それにしても本当に、「形の美と数学」というのは興味深いテーマだわー。
そういうテーマが大大大好きな私は、やっぱりビーズアクセサリーや編み物や刺繍に向いていて、今やってる仕事(BI・データを可視化するシステムを作るエンジニアでで若干数学が関係する)も向いているのだなーと思います。ハイ。


これからもこのテーマを探求し続けるのだー!!!イエーイ!

 


<追記>
白銀比の長方形の比率が変わらないことの証明は、手持ちの本に載ってたと思うので、いずれ復習してまた書こうかと思います…。すみません…。

 

 

 

 

 

人生のテーマが定まると、変な夢想が人生から消える

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このブログのタイトル「音楽と数学と文様」は、そのまま私が人生で探求したいテーマであります。

長い思考錯誤を経てこのテーマを言語化することができました。
そして言語化できたとき、私の傾向とか、好きで続けてきたことが全部繋がる感じでした。


子供の頃から理科系少女で、理科や数学が好きだったこと。割と「論理性」を重んじる子供だったこと。
でも、大学は心理学系に進んで、その勉強もとても面白かったこと。
子供の頃からちまちまとしたものづくりが好きで、フェルト小物やビーズアクセサリーや刺繍とか編み物とか何かしら作り続けていたこと。
IT業界に就職してシステム開発に従事し、今はBI、そして更にデータ分析系を目指していること。
絵画よりも文様が好きなこと。
色鉛筆とかビーズとか刺繍糸とか「カラーが豊富なアイテム」が好き、色彩好きなこと。


自分が自然にできてしまうこと、続けてきたこと、興味を惹かれること。
そういうものが全て「音楽と数学と文様」というテーマに収束しました。


そして、こんな風に「人生のテーマ」を言語化できたときから、私の人生の雑念・夢想が消えました。

それ以前はね、あったんですよ。大人になるにつれ減ってきていたとはいえ。
なんか「今の現実とは違う自分を夢想する時間」みたいなものが。

 

でも、人生で探求したいテーマが自分の中にビシッと定まったとき、本当にそういうものが無くなりました。
今は「今の自分ができることから積み上げていく」ことにしか興味がありません。
どこか遠くの、今の自分からかけ離れた「よき自分」のようなものを夢想することが全く無くなりました。


別にね、夢想が悪いことだとも思いませんよ。
ただやっぱり、そういう夢想がある頃の私はなんか満たされていなかったというか、いろんなことがしっくりこなかったというか、地に足がついていなかったというか。そんな気がしています。
そして、今の方が本当に幸福です。何て言うか、モタモタ迷ったりしなくて済む心地よさ。


えーと、今の私が「もっとこうなりたい。こうなろう」みたいな目標設定をしない、という意味ではありませんよ。
「今の現実からかけ離れて、そこに近づく道のりがサッパリ見えないような夢想をタラタラと続けることがなくなった」ということです。
目標設定をしたら、その目標に対して「今の自分ができること」をいつも考えられる、ということです。

 

ビジョンは全て、今の自分から地続き。
だから、一歩一歩みちっとしっかりと歩いていく。
そういう気持ちな訳なのです。
それが、「モタモタ迷ったりしなくて済む心地よさ」ということ。

 

何て言うか「今までやってきたことが全部このテーマに繋がっていたから、これから手をつけることもこのテーマに全て繋がる筈」みたいな妙な確信があったりします。
どこからくるんだこの自信、って自分でも思いますが…。
でも、そういう気持ちなのです。


そして現実問題として、夢想を繰り広げている暇が無い。
作りたいもののストックはいつもあるし、アイディアいっぱいあるし、ブログだってもっと書きたいし、勉強したいこと山ほどあるし、読みたい本も山ほどあるし、勤め人としての仕事でも目標もたくさんあるし…、という感じで、変な夢想が人生に入り込む隙間がないのでした。

 

 

本当にね、大げさでなく。
このテーマを言語化できたとき「私が生まれた意味がわかった!」的な気持ちになりました。本当に。

 

「生まれた意味」なんていうものがあるのかないのか、その答えなんて誰にもわかりません。
「ある」っていう人もいるし、「ない」っていう人もいる。

でも、人間は「自分が生まれてきた意味」みたいなのをつい求めてしまう習性がある、っていのは事実だと思います。
(人によって、時代によって、地域によっても差があるとは思いますけど)


私は正直、「人生の意味」を求めていたという意識はあまりなくて、とにかく「自分が好きなこと・やりたいことはできるだけ実現する」というスタンスで生きてきました。


でも、それをやりつつ、かつ、自分がやることに対して都度あれこれ考察しているうちに、こんな風に人生のテーマを言語化することができました。

 

それを発見することは、自分の中にバシっと1本の軸が通るような感覚です。
「ああ、私はこうやってこの世界にちゃんと自分で立っている!」というような充足感。

 

そんな充足感は、やっぱりそれまで得られていなかったような気がします。
だからこそ「生まれてきた意味がわかった!」という気持ちになったのだと思います。

 


そして、その充足感があるから、このブログを書いています。
これからも、そのテーマにたどり着いたプロセスとか、そのテーマに沿って探求していることをいろいろ書こうと思います。


それが、世界に感謝する方法だと思うので。

 

 

ボードゲームとトランプから考える数字と記号の抽象性

さて、またまたボードゲームについての記事を書いてみようかと思います。


私が人生で最初に買ったボードゲーム(カードゲームですけど)はこれです。

 

ジャイプル 日本語版

ジャイプル 日本語版

 

 
なんでこのゲームが目に付いたかと言うと、私はジャイプールで作成されたジュエリーを持っているからなのでした。

私の知人に石とジュエリーを販売している方がおります。
その方は、仕入れた石を使ってジャイプールの職人さんにジュエリーを作ってもらっているのでした。
私も2つ程そのジュエリーを持っております。
↓これです

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左がラリマー、右がスギライトです。

 

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ああラリマーちゃんかわいい…

なんでこんな「海そのもの」のような石がこの世に存在するのでしょうか…。

自然不思議すぎ…。

 

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スギライトさんは、すっごく綺麗な紫なのですが、写真だとどうしても黒っぽくなってしまいます。すみません…。

石の写真を撮るのはむつかしいなあと改めて思った次第です。

 

とにかく、そんな訳で「ジャイプール」という街に親近感があったのでこのゲームが目に付きました。

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このゲームの魅力は、何と言ってもカードのイラストが美しいこと!
色好き・カラフル好きな私にはもうこのカードの美しさがたまりません。

 

特に、石好き人間の私にとってはこの辺りのカードがもう…(うっとり)

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トークンも綺麗!可愛い!

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2人対戦専用ゲームです。
商品を仕入れて販売して、それに応じて得点(ルピー)が得られます。
勝った方がマハラジャの専属商人になれるという設定。
割とシンプルなルールですが、駆け引き・戦略が要求されて面白いです。
ホントにボードゲームって頭使う…。

 

ちなみに、ジャイプールっていうのはこんな街。

ジャイプル - Wikipedia

 

ピンク色の建物が多く「ピンク・シティー」と呼ばれるそうなのですが、このゲームのパッケージの絵もちゃんと建物がピンク色になっていて、細かいところまで世界観が統一されていていいなあと思います。
ボードゲーム業界に足を踏み入れて「ボードゲームは世界観が大事!」ということをすごく感じました。世界観がしっかり構築されていると、そのゲームの世界に入り込みやすいのですよね。よりゲームに集中できるというか…。

そういう意味でもこのゲームは素敵です。

 

ジャイプールは宝石の集積地としても有名らしく、いろいろジュエリーブランドもあるそうです。
「アムラパリ」なんて素敵ですね。超好み。

 

そんなこんなで、完全に見た目から入ったゲームですが、やってみたら面白い!
なんか、ようやくボードゲームの面白さがわかってきたような…。
とかく「戦略を考える」ということがすごく大切なのですよねー。すごい頭の体操になります。

 

そしてこのゲームをやってみることによって、ボードゲームによく登場する「トークン」なるものにようやく馴染むことができたような気がしています。
トークンっていうのは、このゲームの場合は既に写真を載せたこれ↓です。

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なんか、ボードゲームにはこういう「カードと似てるんだけど違うパッと見役割がよくわかんないもの」みたいな道具が沢山出てきます。
ゲーム初心者の私は「はて?なにコレ?」とか思っちゃっていた訳なのですが、このゲームをじっくりやってみて、なんか違いがよくわかりました。

 

このゲームの場合は、

・カード:可能性
トークン:成果

みたいな感じです。

ゲームは、まずはカードが配られて、そのカードを交換したり集めたりして、最終的に集めたカードを「売る」ことでこのトークンが得られます。
で、このトークンがルピー(得点)として換算されて、その合計で勝敗が決まります。
カードをたくさん持ってるだけでは最終的には意味が無いのですよね。それをうまいこと売って、得点の高いトークンを集めることによって勝敗が決まる。
だから、カードは「可能性」で、トークンは「成果」。

 

この仕組みがわかって「なるほどー!うまくできた仕組みだなー」と思いました。
そしてようやく、ボードゲームにこういう細々としたあれやこれやが入っているのかが納得できた感じです。

(ここで言っている「可能性」「成果」はあくまでもこのゲームの場合の話です。ゲームによってカードやトークンの意味は異なりますのでその点ご了承ください。ただ、こういう「モノの役割」が論理的かつバランスが良いゲームが「いいゲーム」という評価を受けやすいのかなという気がします)

 

で、そんな風に「トークンの役割」に納得したとき、フーっと頭に子供の頃にやったトランプゲームのあれこれが浮かんできました。

そして、「そうか!トランプゲームっていうのはこの<可能性>も<成果>もカードだけで全部表してたんだ!」と気がつきました。

 

「可能性」も「成果」も同じカードだけで表現できちゃう。
改めて「トランプっていうのはすごいツールなのだ」と思ってしまいました。

 

そして、その「トランプの凄さ」、こんなにシンプルなツールでいろいろ表現ができちゃうのはなんでなんだろう…、ということを考えて、それは「トランプで使われている数字も記号も抽象性が高いものだからなんだ」ということに思い至りました。

 

多分、このジャイプールのルールって、トランプである程度再現可能だと思います。
(いずれそれを考えて記事にしようかと思います)
そして、それは多分トランプの構造ゆえ。「数字と記号という抽象度の高いものだけを使用して作られたツール」だから。

ここまで考えて「うわー!やっぱり私のブログのテーマに近い話題!」と思いました。

「数字」と「記号」

「音楽と数学と文様」に近い領域の話ですよー。きゃあこういう話題すきー。

 

えーと、例えば、ジャイプールのカードの商品をトランプの記号で表現するとしたら、

・ダイヤ=宝石
・スペード=金・銀(金属)
・ハート=布・革
・クローバー=スパイス

あたりで何となくそれっぽい感じがしそうではないですか。
そして、多分他のいろいろなゲームでもこういう置き換えはできる。

トランプのあの記号が、いかに「抽象度が高いものであるか」ということが、この辺りを想像してみることによって納得できる気がします。

 

トランプって、すごい優秀ツールなんですね。

子供の頃はそんなこと全く意識せずに遊んでいましたが、改めて「長い歴史を持つツール」ってすごいものなのだなー、あなどれないなーということを感じました。

 

…こういうことをつらつらと考えてみることがとても好きな私です

でも、こういうことを考えることは「数とは何か」「文様とは何か」「なぜ人間は文様を愛するのか」ということに繋がっていって、それはぜーんぶ私のものづくりにプラスになる。のです。

 

なんか、ボードゲームって改めて「いろいろなことを考えるきっかけをくれる素材だ」という気がしました。
なんて言うか「カバー領域が広い」ツールだという気がします。
数学的なアプローチもできるし、心理学的・文化人類学的なアプローチもできる。

きゃあすごい!

 

これからも、「ボードゲーム」というツールに対していろいろなアプローチで考察を重ねてみたいなあと思う夏の午後なのでありました。

頭使いますけどねー。
ふう。

 

 

ボードゲームと数学

長い期間更新できておらず申し訳ございませんでした。


更新していない間もものづくりや数学への情熱は衰えておらず、むしろそっちへの情熱が故に更新が滞っておりました(作ったり勉強したり)。
申し訳ございませんでした。


さて、未更新期間中に人生に新たな要素が加わりました。「ボードゲーム」です。
急にこんなご縁ができて自分でもびっくりしております。

 

ウィキペディア先生によると、ボードゲームとは「ボードゲーム(board game)とは、ボード(盤)上にコマやカードを置いたり、動かしたり、取り除いたりして遊ぶゲームの総称。盤上ゲーム盤上遊戯とも呼ばれる。」だそうです。まっ、そりゃそーですね。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%89%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0


私はゲームにはあまり縁のない人生を送ってきました。


ファミコンとかプレステとか、そういうのを人生の中で購入した経験が全然なし。wiiにも触れたことがありません(なので未だにどういうものなのかよくわかっていない)。任天堂にもマリオにもサッパリ恩義なし!ドラクエとか、名前聞いたことあるだけで実際はどんなものなのかとか全く知りません。

 

パソコンに付属しているゲームもやらないし、パソコンにゲームをインストールしたことさえありません。本当に。
スマホのアプリ全盛時代になっても、辛うじて続いているのはツムツムくらいですかね…。とかく「ゲームに一生懸命になる」ということが人生で少なかったです。

なんか、ある程度ルールを把握してしまうと満足して「なるほどーそういう仕組みなのねー納得したわー」で終わってしまいます。

なかなか「クリアしよう」「もっと上手くなろう・強くなろう」「勝ちたい」という意欲が持てず「仕組み分かったら終わり」みたいなことが殆どでした。


そんな人間なので「ボートゲーム」という言葉を聞いたときも、正直思い浮かぶことがあまりありませんでした。


この言葉をはじめて聞いたとき(割と最近です)に思い浮かべたのが、子供の頃やってたトランプゲームと億万長者ゲームです。
なんか、ホントにそれくらいしか縁がなかったのです。

億万長者ゲームなつかしーなー!「ブダペスト」という都市の名前をこのゲームで覚えたよ…。
ただ、そういうゲームやってたのって、小学校の中盤くらいまでくらいだった気がする…。中学生以降くらいからは、ホントに人生の中に「ゲーム」という要素はすごく少なかった気がします…。

 

あと思い出したのは、囲碁と将棋でしょうか。
実は囲碁と将棋は子供の頃から興味があるのですが、あれは急にできるゲームではないですからね。楽しむ為にはそれ相応の修練が必要(ルールは把握してますが)。
そして、その修練を積むほどの情熱はなかった。本読んだり何か作ったりする方が圧倒的に好きでしたし。


そんな風に、ゲームというもの全般に縁が薄かった私の人生ですが、ここのところ急に「ボードゲーム」の世界にご縁ができてしまったのです。

そして一歩足を踏み入れてみると、そこには「子供の頃トランプとか億万長者ゲームとかやったくらいかなー」としか思わなかった私の想像を遥かに超える、広大かつディープ、マニアック世界が広がっていたのでした。


そもそもその数!ボードゲームってこんなにこの世界にあったの?
はじめて「イエローサブマリン(代表的なボードゲーム屋さんです)」に連れて行かれたとき、あまりの数の多さにびっくりしました。
特に海外製のゲーム!やたら大きめの箱のボードゲームが沢山あってびっくりしました。

 

そして数もさることながら、その華やかさにびっくりしました。やたらデザイン性があるパッケージの中に、本格的だったり可愛らしかったりする道具(コンポーネントと言うそうです)が沢山はいっていて、それらを見ているだけでなんだか楽しくなります。
ものづくりが生き甲斐なわたくしとしてはそういうものを見ると「うわーこれビーズで同じようなもの作れないかなー!ビーズで作ってマスコット化したらすごい楽しいかもー!」などと思ってしまいます。

それぞれのゲームのデザインやコンポーネントに、そのゲームの「世界観」のようなものが明確に現れていて、「あ、ボードゲームってこんなに奥が深い世界だったんだ。ルールと世界観と道具全部揃って一つの世界をまるごと提供している感じなんだなー。すごい精密かつディープな世界だなー」などと思ったものです。

ま、コンポーネント充実ゲームはやっぱりお値段が高くなりますけど…。

 

そして更に、ルールが奥深いゲームが多いこと!
ざっくりとしたルールを把握しただけで「うわーこれものすごく思考力使うよねーきっと。戦略が必要だ」と思えるゲーム多数。
大勢でわいわい騒ぐようなことがそんなに得意でもない私は、どちらかと言うとわいわい楽しめそうなパーティゲーム(そういうジャンルもあります)よりも、戦略が必要に思われるゲームが気になりました。


そんなこんなで、恐る恐るボードゲームの世界に足を踏み入れ、戦略が必要になるゲームをやってみた私の感想は…、

「なんか数学の世界に近いものを感じる!」

でした。


戦略を考えることはやっぱりどこか数学的思考力に近いような気がするし。
そして何と言っても、カードを引いたりサイコロを振る部分には「確率論」の匂いを感じます。
そもそも確率論はギャンブルの勝率を考えるところから生まれたと言いますし、ゲームとの親和性が高いのは当然のことです。
統計学勉強中の身としてはその「確率論の匂い」もとても気になります。
(ちなみに、ボードゲーム屋さんにはサイコロも沢山売られてますが、それを見るとどうしても統計学の参考書が浮かんでしまいます。だって確率論の話って絶対にサイコロが出てくるんですよ…。コイン投げとサイコロの話はこの手の教科書では鉄板)

 

そんな感想をボードゲームマニアの方にお伝えすると、「特に有名なゲームデザイナーの方が何人かいるんだけど、その中には数学の博士号持ってる人がいる」というお返事が…。

 

なんか、すごくわかる!
こういうゲームの設計できる人って数学的思考が発達してそう!

 

ちなみにその方は「ライナー・クニツィア」という方。ボードゲーム界の巨匠。この人のゲームはホントに沢山あります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%8B%E3%83%84%E3%82%A3%E3%82%A2

 

はあーそれにしても、やっぱりボードゲームと数学の親和性は高いような気がする。
もちろん、ゲームによってはどちらかと言うと文学的センスのようなものが大事だったり、記憶力とか瞬発力が重要だったりするような場合もあるとは思いますが、全般的に「戦略性が高い」ゲームは数学との親和性が高いのではないかという気がします。


全く思いがけず私の人生に新たに入り込んできた「ボードゲーム」という要素ですが、その要素はどうやらかなり数学との親和性が高いもののようです…。

 

やっぱり私は数学と縁があるんだわ!数学を勉強する運命なんだわ!

などと悦に入っております。

 


そんなこんなな日々なので、改めてこのブログに「ボードゲームと数学」というタグを設けて、ボードゲームに関する考察などを書いていこうと思っております。
本当は本格的にゲームの中のあれこれの確率計算考えるとか、そんな専門的に数学っぽいことを書けたらすごいですが、それはなかなか難易度が高く…。

 

とにかく、自分ができるレベルからゲームについての考察を書く事にチャレンジしてみようかと思います。
ものづくりに比べたら圧倒的にキャリアが短いのでどうなるかわかりませんけど…。

やれるとこまで頑張ってみますー。


そんな感じで、改めてブログ更新がんばりますですー。